組込みの輪郭

第12回 エネルギーハーベスティングの使い所、使い方

2018.10

今回は、組込み機器、特にIoT関連の機器の新たな電源として注目されているエネルギーハーベスティング(環境発電)についてお話ししたいと思います。

現在の多くの電子機器は、リードにつながれた犬のように自由を奪われた状態にあります。機器をしばっているのは、信号をやり取りする信号線と駆動電力を供給する電源線です。このうち信号線に関しては、無線通信技術の活用が広がり解放されつつあります。しかし、最後の1本、電源線だけはなかなかなくなりません。

「電池駆動にすればいいのでは」と考える人も多いことでしょう。一見、電池駆動の機器は自由に動かせるように思えますが、電池の交換・充電が必須であり、人間の手が届く範囲でしか使えません。要するに、放し飼いだが、飼い主がいないと生きられない状態にあります。電子機器が真の自由を得るには、自らが消費する電力を自力で調達できる必要があります。

組込み技術が進歩したことで、“自律”して動く機器は既に多くあります。さらに電源をも自分で賄う“自立”した機械を作ることで、何ができるようになるのか。これは、電気・電子機器を開発するエンジニアの夢のひとつです。

IoT機器に最適な電源、それがエネルギーハーベスティング

近年、IoTシステムの本格的な活用が始まり、通信機能を持つセンサーをあちこちに設置する動きが活発化しています。しかし、こうした電子的機能を常時稼働させるためには電源が必要です。このため、どこにでも置けるわけではありません。つまり、あらゆるモノをネットにつなぐといいながら、IoT機器の設置可能な場所は人間の手が届くところだけに限定されていたわけです。

そこで注目が集まっているのが、エネルギーハーベスティングの活用です。身の回りの自然にある光・音・振動・温度差・電磁波といったエネルギーを電力に変え、これを電子機器の電源として利用する技術です(表1)。いわば、電力を地産地消する技術だと言えます。

表1 エネルギーハーベスティングの種類と実用化事例
収穫するエネルギー ハーベスタの原理 実用化事例
可視光(太陽光、室内光など) 各種太陽電池(アモルファス・シリコン太陽電池、色素増感型太陽電池、化合物半導体太陽電池、有機薄膜太陽電池など) 電卓、腕時計、雑貨、電飾、スマートゴミ箱、屋外・屋内環境モニタリング、室内用BLEビーコンなど
力学的エネルギー 電磁誘導、静電誘導(エレクトレット、電気活性ポリマー、摩擦帯電など)、圧電発電、逆磁歪発電 腕時計、トイレ自動水栓、テニスラケット、照明などの無線スイッチ、防火シャッター、産業機械モニタリング、列車車軸モニタリングなど
熱エネルギー 熱電発電、熱磁気発電、熱電子発電、熱光発電、熱音響発電、焦電発電、熱機関など 腕時計、集蚊器、発電鍋、産業機械モニタリング、油井・製油所設備モニタリング、暖房ラジエータ自動制御、カセット・ガスヒーター、下水道氾濫検知など
電波エネルギー レクテナ 鉱石ラジオ、携帯ストラップ、空気汚染センサーなど
その他 バイオ燃料電池、微生物燃料電池など 服薬測定ツール、僻地の環境センサーなど

出典:NTTデータ経営研究所の資料を基に筆者が作成

実は、エネルギーハーベスティングは、既に様々なところに利用されています。一番古くから知られているのは、自転車のライトを灯す電力を生み出すダイナモでしょう。そして、1976年には、シャープが初めて太陽電池電卓を発売し、計算機のような高度な処理をする機器の電力もまかなえるようになりました。また、気づきにくいところで、1980年代にINAXが開発した水の流れを利用して発電する「アクエナジー」と呼ぶ技術もあります。その応用である、手を差し出すと自動的に水を流す水栓をトイレで見たことがある人も多いことでしょう。2000年代に入ると、ドイツのSiemens社からスピンオフしたEnOcean社などが、スイッチを押す力を電力に変えて無線で照明をオンオフするスイッチを発売しました。このスイッチは、配線工事が困難な石造りの家が多い欧州を中心に広く普及してきています。

そもそもIoT機器の多くは、人が行きたくない場所に置く

エネルギーハーベスティングを活用すれば、電源線を引く必要もなく、電池の交換・充電も考える必要がなくなります。このため、工事費や電気代を削減できます。それにも増して大きなメリットは、IoT機器を人の手の届かないところに置いても、半永久的にメンテナンスフリーでデータを取得できるようになることです。

ちょっと考えてみれば分かることですが、そもそもIoT機器を使ってデータ収集したい場所の多くは、できれば人が行きたくない所、行けない所なのです。具体的には、危険な工場、探検隊のような装備でないと行けない橋脚、猛暑や豪雨の中の農地といったところです。当然、メンテナンスだって、できればやりたくありません。一度だけ、データを取得したい場所にIoT機器を取り付けたら、後は勝手にデータを送り続けてくれるといった状況が理想なのです。

エネルギーハーベスティングが利用可能な状況になり、コスト的にも見合えば、IoT機器のすべてに応用したいというのが、エンジニアの総意でしょう。実際に、新たな応用開拓が積極的に進められています。例えば、富士通グループは、マンホールの昼と夜の温度差を利用して発電する技術を用いて、「ゲリラ豪雨」などによる急激な水位の増加をいちはやく検知するシステムを開発しました。マンホールのフタはいかにも大きな温度差が生じ、まとまった電力を生み出せそうです。しかも、設置対象も多く、できれば電池交換なんてことはしたくないでしょう。まさに、うってつけの応用だと言えます。既に、福島県郡山市の下水道に導入済みだそうです。

エネルギーハーベスティングで得られる電力は微弱

電子機器で消費する電力の量は、そこに搭載する機能によって大きく変わります。消費電力に見合った電力を調達できないと、機器を安定動作させることができません。では、エネルギーハーベスティングによって、どのくらいの電力が得られるのでしょうか。

1MW以上の電力を発電するメガソーラーや風力発電所も、広義のエネルギーハーベスティングに含まれます。しかし、電子機器のメンテナンスフリーに活用できる発電デバイス(ハーベスタと呼ばれています)を使う場合に限定すれば、1台当たりで得られる電力は、1μW?1Wといったところです(図1)。

図1 エネルギーハーベスティングで発電できる電力の範囲 出典:Analog Devices社の資料を基に筆者が作成

近年、高性能なハーベスタがたくさん製品化されるようになり、以前に比べれば得られる電力が増えてきました。例えば、太陽電池は、発電効率が向上し続けていますし、室内光での発電効率が高い色素増感型と呼ばれるものや、薄型フレキシブルな有機太陽電池など、より活用しやすいデバイスが出てきています。それでも、発電量がケタ違いに高まることはありません。

ノート型パソコンだって、数十W消費するのですから、その程度の電力しか得られないのかと、がっかりする人もいるかもしれません。しかし、こうしたわずかな電力でも、システム構成や制御ソフトを工夫すれば、エネルギーハーベスティングの潜在能力を最大限引き出すことができます。逆に、組込みエンジニアの腕の見せどころが多い開発案件だと言えます。

得られる電力が不安定であることを前提にした設計

ただし、エネルギーハーベスティングの応用機器を適切に設計することは、それほど簡単なことではありません。これまで電子機器の設計者があまり考慮する必要がなかった要因が、開発の成否を決めるほど最重要になるからです。ここからは、エネルギーハーベスティングの応用機器は、どのようなことを考慮しながら開発するかについて解説していきます。

これまで、多くの電子機器の設計者は、機器の駆動に必要な電力が潤沢に得られることを前提にして機能を設計していたと思います。しかし、エネルギーハーベスティング機器では、何の予兆もなく電力不足に陥り、機能停止する可能性があることを念頭に置いて設計する必要があります。なぜならば、発電量が周囲の環境の変化によって大きく変動するからです。エネルギーハーベスティングという技術を言い換えれば、「組込み再生可能エネルギー」だと言えます。つまり、供給電力が不安定であることが、開発の大前提になるということです。

携帯型機器などでは、電池を長持ちさせるための低消費電力化に注力してきたかも知れません。しかし、低消費電力化に失敗しても、機器の付加価値が落ちる程度で済みます。ところがエネルギーハーベスティング機器では、設計に失敗すれば、機器自体が機能しません。常に電力の枯渇を念頭に置いて機器が動くべき時に確実に動けるだけの電力を確保できるように、電力を需給管理する必要があります。

さらに、不安定な起電力を安定活用するための蓄電デバイスとその管理技術の併用も必須です。先に紹介したように、エネルギーハーベスティングで得られる電力は微小です。ただし、自然エネルギーが周囲にある限り、ハーベスタは常に発電し続けています。このため、小さな電力をコツコツと貯めていき、これを必要な特に、一気に消費するといったシステム構成になります。

機器の利用環境を精査して起電力を見積もる

エネルギーハーベスティング機器の開発では、起電力と消費電力を正確に見積もる必要があります。ハーベスタのデータシートには、得られる電力の目安は記載されていると思います。しかし、いつでも、どこでもその電力が得られると思ったら大間違いです。

起電力は、利用するハーベスタの種類だけでなく、機器を設置する環境によっても大きく変動します。屋外での太陽光発電では1W 級の電力が得られますが、屋内では100μW級の電力しか得られない可能性もあります。当然、昼と夜では発電量も違いますから、こうした点を考慮して、発電量を見積もる必要があります。つまり、機器を利用する場所の周辺にどのような自然エネルギーが、どの位あるのか見定める必要があるのです。これは、機器を設計するエンジニアの役割です。

収入を増やすのは、家計を切り詰めるより難しい

起電力が少なくても、消費電力が少なければ機器を動かせます。消費電力の削減に関しては、設計者がコントロールできることなので、見積もりや対策が比較的簡単です。エネルギーハーベスティング応用機器の場合には、消費電力よりも起電力の方が、見積りを困難にする不透明な要因が多くあります。このため、消費電力の見積りを正確にして、需給バランスを見積もりやすい状況にしておく必要があります。

低消費電力化対策の王道は、機器を稼働させる時間をなるべく短くすることです。多くのIoT機器では、機器を設置した場所からデータをリアルタイムで取得し、無線を使ってクラウドデータを送る仕事をします。ただし、リアルタイムでデータ取得するといっても、常に機器を稼動状態にしておくわけではありません。何分、何時間か置きに動く、間欠動作をさせる場合がほとんどです。したがって、間欠動作のサイクルを長くしたり、デューティー比を小さくすることが、効果的な低消費電力化の対策になります。大した必要性もなく、ただデータの取得頻度を上げるような無駄を徹底排除することが大切です。

無駄なデータの取得と送信を徹底的に抑えたIoT機器では、全利用時間に占める待機状態(スリープモード)の割合が増えます。例えば、1時間ごとに3秒掛けてデータを送信する場合には、99%以上が待機状態です。すると、さらなる低消費電力化を追求してエネルギーハーベスティングの利用シーンを広げるには、起動時の消費電力削減よりも、待機時の削減の方が重要になってきます。その対策として、ソフトウェア面でできる対策もあると思われますが、現時点ではマイコンや通信チップ、電源ICなど半導体デバイスの漏れ電流が真っ先に解決すべき課題となっています。

信頼性とセキュリティを高めると消費電力は跳ね上がる

また、無線通信の低消費電力化も、エネルギーハーベスティング応用機器の開発の肝になる部分です。遠くまで電波を飛ばす必要がある無線通信は、IoT機器での起動時電力消費の大部分を占めます。ここでの王道は、まず機器の利用シーンに合った無線通信の規格を的確に選択することです。

近年、消費電力の低い、無線通信技術が次々と登場しています。大半の時間がスリープモードになるBluetooh Low Energy(BLE)やZigbee Pro Green Power、さらにはEnOceanのようなエネルギーハーベスティング用に開発された規格もあります(図2)。最近では、NB-IoT、Cat.M1、LoRaWANなど、長距離の無線通信を低消費電力で行うLPWA(Low Power Wide Area)のサービスも始まっています。それぞれ特徴が異なるため、利用シーンを想定しながら、適切な規格を選択して利用することになります。

図2 Bluetooth Low EnergyやEnOceanを使って温度や湿度、人感センサーのデータを伝送するシステムの例 出典:EnOcean社のニュースリリース

ただし、エネルギーハーベスティング機器の開発で利用する無線通信技術を選択する際に、ひとつ悩ましい点があります。信頼性とセキュリティです。通常、信頼性の高い無線通信では、双方向通信や暗号化が必須になります。そしてこれらは、いずれも消費電力を増やす要因になります。例えば、通常の無線通信のプロトコルでは、データ伝送が正常に終了したときに受信側から送信側に“ACK”と呼ぶ信号が送られます。データ送信後の一定時間内にACK信号が戻らなければ、送信側は再送します。またその間、確実に機器は起きていなければなりません。得られる起電力が少ない場合には、こうした信頼性の高い手段が本当に必要なのか、再検討する必要が出てきます。

長期間活用の鍵、待機時消費電力の低減は電源デバイスの選定で対策

システム設計上の工夫だけではなく、部品選びで注意すべき点もあります。

ハーベスタが発電する電力の電圧は、ハーベスタの種類によって大きく異なります。例えば、熱電変換素子の起電力の電圧は、0.3V程度にすぎません。また、起電力はおしなべて微小で不安定なため、2次電池やキャパシタなど蓄電デバイスの併用が必須になります。このため、低電圧の起電力を昇圧して、蓄電デバイスを充電する昇圧型充電回路、昇圧した電圧をマイコンや無線通信回路の駆動電圧に変換する降圧型電源ICなどが必要になります。

ただし、これまで発売されていた電源ICは、エネルギーハーベスティングでの活用を想定していませんでした。このため、せっかく作った電力を変換時にロスしてしまう状況でした。近年、エネルギーハーベスティングの活用を想定した電源ICが製品化されるようになり、この状況はかなり改善してきました。こうした電源ICでは、微小電力を扱い、特に稼働していない時の漏れ電流を大幅に低減し、低電流を出力する時の変換効率が高くなるような工夫が盛り込まれています。最新のIoT機器向け電源ICでは、アナログICメーカー各社が、nAレベルの待機時電力の削減を競うまでになっています。

エネルギーハーベスティングは、組込みシステムの開発に応用するには、難易度の高い部分も多々あります。しかし、その付加価値の高さから、設計スキルを磨けば、組込みエンジニアにとって強力な武器になることでしょう。

ページのトップへ