組込みの輪郭

第5回 小口開発案件の集合市場、IoTの歩き方(上)

2017.02

最近、電子業界やIT業界に限らず、あらゆる分野の企業で、IoTに関連した実行可能性調査(フィジビリティスタディ)が行われています。

スマートハウスやコネクテッドカー、工場での予知保全(故障を事前に察知して対処すること)やスマート農業への応用など、野心的な製品やサービス、ビジネスが事業として成り立つのか、各企業それぞれの切り口から検証が進められています。

本コラムの第4回としてお届けしたCEATEC JAPANの会場レポートでも、多くの企業がIoTを活用した製品やサービスを展示会で披露し、来場者の反応を調べている様子をお伝えしました(図1)。

図1 CEATEC JAPAN 2016でIoT関連のフィジビリティスタディが数多く出展した展示ゾーン「IoT TOWN」

私は、こうしたフィジビリティスタディに取り組んでいる企業の担当者とお話しする機会が多いのですが、皆さんが感じていることには共通点があることが分かってきました。まず、IoTが革新的な製品やサービスを生み出し、大きな市場へと成長していくことに疑いを持つ方はほとんどいません。ただし、その一方で、「これまで通りのビジネス手法のままでは、IoTに関連した製品やサービスを事業化することはできない」という感触を得て、戸惑う声も多く聞かれるのです。こうした声は、特にIoT関連の半導体デバイスや電子部品、組込みソフトウエアなどを扱う、技術や要素技術を提供するサプライヤー側の企業からよく聞かれます。

サプライヤー各社が戸惑いを感じているポイントは、「IoT関連の開発案件は小口ばかりで、手間が掛かる割に大きな売り上げが期待できない」という点に尽きます。要するに、大きな可能性を秘めた市場であることは確かですが、簡単には儲からない、やっかいな市場だということに気づき始めたのです。

500億台の市場は雑多な機器の集合で生まれる

2020年には、IoT活用の本格化によって、約500億台もの機器がネットにつながるという予測があります。この数字を信じれば、巨大な市場が創出されることは確実で、現在の市場の盛り上がりを見る限り、この予測は当たる可能性は高いように思えます。

しかし、フィジビリティスタディを進めて、その500億台は多種多様なIoT関連機器の総数であることが明白になってきたのです。家の中で温度を測る機器、工場の中で製造装置を監視する機器、水田で水位を測る機器、人の脈拍を測る機器、こうした多くの機器が集まって巨大な市場を形成することに改めて気がついたのです。

家の温度を測る機器で、体温や水田の水温は測れません(図2)。体温を常時計測するためには、人が身につけて違和感がないほど小型で、なおかつ低消費電力である必要があります。また、水田の温度を測るためには、風雨にも耐える耐環境性を持ち、場合によっては長距離でデータ伝送できる仕組みも必要です。

図2 室温、体温、水田の水温をそれぞれ測るIoT機器

  • (左)スマートハウスの室温を計測するNest Labs社の「Nest Learning Thermostat」
  • (中)乳幼児の体温を24時間計測できるsmartshape社のウェアラブルデバイス「TempTreq」
  • (右)土壌や水温など田畑の状況を検知するイーラボ・エクスペリエンスの農業用野外監視計測システム「FS-V/FP」

IoT関連市場全体は巨大ですが、1つひとつの開発案件は細分化されてしまいます。しかも、それぞれが建築、農業、医療、プラントなど、電子業界のサプライヤーにとって不案内な応用分野ばかりです。サプライヤーとユーザーが、それぞれ違う専門用語で会話する案件が中心になります。このため、1つひとつの開発案件を進める際、思いのほか手間が掛かってしまいます。

部品が大量生産できない異次元の多様化

工業製品のビジネスは、大量生産の効果で利益を上げるのが基本です。たとえ巨額の開発費や設備投資を費やしたとしても、より多くの製品を生産・販売できれば、製品一つ当たりの原価は下がり、利益率が高くなります。パソコンやスマートフォンのビジネスは、機種の種類は多いのですが、半導体デバイスや電子部品、ソフトウエアについては共通化できました。このため、半導体などの開発や生産設備に大きな投資をしても、確実に回収し、大きな利益を得られたのです。

これに対し、IoT関連機器では、部品レベルでの共通化さえ困難な、異次元の応用の多様化が進む可能性が出てきました。

現在、多くのフィジビリティスタディで機器を構成するために使われている半導体デバイスや電子部品、ソフトウエアのほとんどは、既存の応用機器への搭載を想定した製品を転用したものです。例えば、デジタルカメラ向けに開発されたイメージセンサーを、介護の見守りサービス用に使ったりしています。きれいな映像を撮ることを前提とした部品ですから、見守られる側の生活の様子をありのままに撮影してしまい、プライバシー上の問題が起きる可能性を内在しています。IoTを見守りに活用する場合、どのようなデータを取得すべきか一考の余地がありそうです。

IoTの活用が本格化していくこれからは、手持ちの技術や製品、サービスをIoT向けと称して提示するだけでは、誰も見向きもしなくなることでしょう。1つひとつのIoTの応用それぞれに、使い勝手のよい固有の技術が求められます。こうした無理難題に応える解を見つけたサプライヤーが、競争力の高いビジネスを展開すると思われます。そこでは、ビジネスに何らかのイノベーションが求められることは明らかです。

IoTの攻略は情報戦での勝利が始点

小口開発案件の集合市場であるIoTで、どのようなビジネスをしたらよいのか。これは、IoT関連のビジネスを展開しようとする、すべての企業が直面している大問題です。ただし、既に戦略を定めて、ビジネスにイノベーションを起こそうと動き始めた企業が出てきています。こうした企業は、大きく2つの戦略を組み合わせて、ビジネスモデルを構築しているように見えます。

ひとつは、有利なビジネスを展開できる応用をいち早く察知し、そこで最大限の先行者利益を得る戦略です。小口開発案件の集合体であるIoT市場ですが、なかには特異点のように1品種で大量生産できる応用も出てくることでしょう。それを見つけて、最大限の収益が得られる事業体制を構築できれば有利なビジネスを展開できます。こうした戦略を採る企業の特徴は、効果的なビジネスを行うための大前提として、赤裸々な応用動向を正確に知るための情報戦に勝利することを重視していることにあります。

IoT関連の情報戦にかかわる最も有名な例は、組込みシステムのプロセッサーコアの業界標準を握るARM社を買収したソフトバンクです。IoT関連機器の多くには、ARM社のコアが搭載され、コアの利用状況や搭載機器の生産状況を整理すれば、IoTの応用動向を極めて正確に知ることができます。この情報を活用するのが、稀代のイノベーターが率いる企業なのですから、IoT市場がいかに雑多な開発案件の集合体であっても、有利なビジネスを展開できることでしょう。

図3 IoTの応用動向の情報戦をリードするソフトバンク

ソフトバンク自体はサプライヤーではなく、ARM社自体は意図して情報戦を有利に進めようと考えていたとは思えません。しかし、情報戦での勝利を目指すソフトバンクが、IoT関連情報の交差点だったARM社を得て、情報の効果的な利用法を共有したことは事実です。同社以外にも、半導体メーカーなどで、情報戦を有利に進めるための施策を実施する企業が増えています。この点については次回、具体的に触れます。

非効率を解消し、同時に開発案件を大粒に

もうひとつは、多様な部品を迅速かつ高効率に開発できる開発プラットフォームを構築し、これをベースにしたソリューションビジネスを展開する戦略です。多品種化によって生じる事業の非効率を解消し、同時に従来バラ売りしていた部品を一括提供することで開発案件1件当たりのビジネスの規模を大きくしようというものです。ビジネスが、部品の提供から、システムソリューションの提供へと移ることで、ユーザー企業により食い込んだ確度の高いビジネスを展開できるようになります。

こうした戦略を実施するため、半導体メーカーや電子部品メーカーなどサプライヤー側の企業は、盛んにM&Aを仕掛けています。2016年末には、クアルコムがNXPセミコンダクターを470億米ドル(約4兆9000億円)という超巨額で買収して世の中を驚かせました(図4)。その他にも、アナログ・デバイセズ(ADI)がリニアテクノロジーを148億米ドル(約1兆5400億円)で、ルネサス エレクトロニクスがインターシルを32億1900万米ドル(約3250億円)で買収するなど、これまで考えられなかった組み合わせでのM&Aが頻発しています。こうした動きのほとんどが、来るべき本格的なIoT時代の到来を見据えた体制づくりを目的としています。

図4 本格的なIoT時代の到来を見据えてM&Aが進行

M&Aによって、多様な技術や品種の製品を1つのサプライヤーが保有することになり、それらを組み合わせたシステムソリューションを構築しやすくなります。先に挙げたクアルコムの例では、携帯電話向けの強力な技術を持った企業が、組込み用セキュリティー技術や車載用半導体の高信頼・高品質技術を獲得したわけですから、IoTでの開発案件を獲得するうえでの競争力は絶大です。きめ細かいマーケティングに基づいて企画したチップセット・ビジネスを、スマートフォンの分野と同様に、IoTでも打ち出すことになるでしょう。

今回は、小口開発案件の集合体であるIoTでビジネスを有利に進めるため、半導体メーカーなどがどのような取り組みをしているのか解説しました。ところが、IoT時代への対応に迫られているのは半導体メーカーだけではありません。電子業界の中で、システム開発を支援するシステムハウスや機器製造のサプライチェーンの構築を支援する技術商社やディストリビューターにも、ビジネスの再構築が迫られます。次回は、こうした企業の動きと、さらには未来に求められるIoT関連ビジネスのかたちについて解説したいと思います。

第6回 小口開発案件の集合市場、IoTの歩き方(下)に続く

ページのトップへ