組込みの輪郭

第11回 組込みブロックチェーンの衝撃(下)

2018.05

前回は、契約や取引、合意、協力など、あらゆるビジネスの中で欠かせない行為の方法を、ブロックチェーンが変える可能性があることを紹介しました。そして、ブロックチェーンが生まれるきっかけとなったビットコインに使われている技術を中心に、その仕組みとブロックチェーンを活用した契約や取引の特徴を解説しました。

ビットコイン向け技術は、最初に生まれた技術であることから、ブロックチェーンが目指すべき理念を忠実に具体化したものになっています。信用や権威がある第三者がいなくても、ITシステムを駆使したオープンな場で契約や取引の信用を担保できるように、あの手この手の工夫が盛り込まれています。

しかし、現状のビジネスでは、お金のやり取りには銀行を、土地のやり取りには不動産業者や登記簿を管理する法務局をといった具合に、第三者を介した契約や取引が当たり前のように定着しています。商法など遵守すべき法令は第三者の存在を前提として定められていますし、契約・取引する片方がブロックチェーンの利用を望んでも、もう片方も同意するとは限りません。さらに現状において、契約や取引に介在する第三者は一種の既得権者であり、お金やモノ、権利などの流通を掌握しています。

このため、どんなにブロックチェーンにメリットがあっても、現実的には第三者を完全排除した契約や取引は困難です。ビットコインのように全く新しい通貨を作るのならばブロックチェーンの理念を具体化できます。しかし、ブロックチェーンを既存の契約や取引に応用しようとした途端に無理が生じてしまうのです。こうした、既存の商習慣とブロックチェーンの理念のギャップを埋めるため、苦い薬を飲むためのオブラートの役割をする工夫を凝らし、実際の契約や取引に適用しやすい形に変えて、応用を拡大しようとする動きが活発化しています(図1)。

図1 仮想通貨向け技術として登場したブロックチェーンが、人や組織の間で交わされる様々な行為を根底から変えようとしている

苦い薬はオブラートに包んで飲む

ブロックチェーンは、「P2P(Peer to Peer)型ネットワーク技術」「暗号技術」「合意形成の仕組み」という3つの要素技術を組み合わせてできた技術です。ビットコイン向けでは、それぞれの要素技術には、仮想通貨の利用シーンに適合し、ブロックチェーンの理念を最も忠実に実現できる実装方法が選ばれています。ただし、それぞれの要素技術には、ビットコイン向けで採用されたものとは別の選択肢が既に数多くあります。ブロックチェーンの応用を拡大するため、利用目的と利用シーンに合った要素技術の実装方法を選び、既存の商習慣や事業者の意図に合ったブロックチェーンへと改良が行われるようになりました。

まず、ビットコイン向けでは完全否定していた第三者の介在を許して、一定の権限を担わせるブロックチェーンが登場し、実際に活用されるようになりました(図2)。

図2 管理者の有無からみたブロックチェーンの種類

ビットコインに使われている第三者を介さないブロックチェーンを「パブリックチェーン」、またはオープン型ブロックチェーンと呼びます。一方で、特定の団体や人がブロックチェーンの運用に参加するコンピュータを管理する形態を「プライベートチェーン」、複数の団体や人で管理する形態を「コンソーシアムチェーン」と呼びます。これら2つを合わせて「パーミションドチェーン」と呼ぶ場合もあります。

こうした派生版が登場したことで、金融機関や政府も安心してブロックチェーンの応用を考えられるようになりました。既に、三菱UFJファイナンスグループは、独自の仮想通貨を開発し、銀行内の送金システムを合理化しようとしています。また、みずほファイナンシャルグループは、SBIホールディングスと手を組み、ブロックチェーンの派生技術を応用した国際送金の実証実験に取り組んでいます。

管理者を置くパーミッションドチェーンでは、取引や契約の透明性が落ち、ブロックチェーン本来のメリットがないとする意見もあります。しかし、参加するノード数ややり取りするデータを厳密に管理できるため取引の承認スピードを速くできる、マイニングのような取引承認時のインセンティブが不要になる、取引履歴が公開されないため機密性の高い情報も扱えるといった、ビットコイン向けブロックチェーンにはなかったメリットも生まれます。これらは、ブロックチェーンを組込みシステムに適用するうえでも見逃せないメリットだと言えます。

性能の低いコンピュータでも合意形成を可能に

さらに、パブリックチェーンとパーミッションドチェーンのそれぞれで、ビットコイン向けで採用された「Proof of Work(PoW)」以外の合意形成の仕組みを採用する動きも活発化してきています(図3)。

図3 異なる特徴を持った合意形成の仕組みを用意

例えば、「保有資産による証明」という意味である「Proof of Stake(PoS)」と呼ぶ合意形成の仕組みがあります。保有している取引材料(仮想通貨など)の量が多く保有期間が長ければ、ブロックの承認者となる確率が高まる仕組みです。PoSでは、PoWのような参加者間での計算能力競争が起きにくいため、処理に必要なコンピュータ性能や電力消費を抑えた運用ができます。

また、「貢献度による証明」という意味の「Proof of Importance(PoI)」と呼ぶ仕組みもあります。取引額や取引者の数など契約や取引を活発化させることに貢献した度合いに応じて、ブロックの承認者となる確率や報酬が決まる仕組みです。PoIも、参加者のコンピュータ性能を抑えることができます。PoIを採用した仮想通貨である「NEM」は、消費電力が5Wのマイコンでも運用できるといいます。

ビットコイン向けが抱えている課題と解決策

その他にも、ビットコイン向けのブロックチェーンには、応用を拡大する際に不都合な特徴がいくつかあります。こうした部分を改良する取り組みも盛んに行われています。

ビットコイン向け技術は、ノード間でやり取りするデータの一部に自動処理を実行するためのスクリプト(処理命令の文字列)を記述できます。スクリプトを記述できることで、仮想通貨以外の様々な資産管理などにブロックチェーンを応用できるのです。ところが、記述できる処理の内容には制限があります。誤解を生じないように、あえて難しい言葉を使えば、どのような処理でもプログラムで記述できる“チューリング完全”ではないのです。例えば、一定の条件を満たすまで特定の処理を連続して行なう「ループ」処理を、1つのブロック内で行うことができません。これでは、応用の広がりが限定されてしまいます。ただし、既に仮想通貨の一種である「Ethereum」向けや、ビットコイン向けを拡張した「Sidechain」「Counterparty」などチューリング完全を満たしたブロックチェーンが登場しています。

また、ビットコイン向け技術では、一定期間中の取引を参加者が承認し、合意形成できるまでに10~60分程度の時間が必要になります。ちなみに、合意形成に至るまでの処理プロセスは、「ファイナリティ」と呼んでいます。これは、大きなお金や資産をやり取りする場合には、十分速い処理時間なのかもしれませんが、小口のお金や価値の取引には向いていません。野村総合研究所は、ビットコイン向けブロックチェーンを小口のお金や商品を扱う組込みシステムに応用した場合の問題点として、以下のような興味深い例を紹介しています。

「現行の自動販売機は現金を入れてボタンを押すと、投入された金額が商品の売価を満たしていれば即時に商品を排出する。一方、ブロックチェーンで管理されている自動販売機の場合、現金を投入した時点で、まず現金が投入されたことをブロックチェーンに記載し、そのブロックが承認されるまで処理を待つ。ビットコイン向けではこのプロセスに最短でも10分程度掛かる。そして投入金額が確定した時点で今度はボタンを押すことになるが、この注文処理の記録にも同等の時間が必要となる。さらに、注文処理が実際に正確に履行されたか、お釣りはいくらか、といった各工程で10分以上の時間が必要だとすると、そのような取引は実ビジネスでは成立しないであろう」

管理者を置くパーミッションドチェーンでは、ファイナリティの条件を管理者が決定したり、もしくは中核ノードにブロック生成の権限を集中させる「PBFT(Practical Byzantine Fault Tolelance)」と呼ぶ合意形成手法を用いることで、要する時間を軽減できます。ただし、現状の技術では、ミリ秒単位までの時間の短縮は難しいため、組込みシステムの応用ではこうした点を念頭に置いた応用開発と技術開発が必要になってくることでしょう。

ビットコイン向けが抱えている課題と解決策

ビットコイン向けの技術として誕生したブロックチェーンは、既存の商習慣や利用シーンごとの要件に合わせて様々な改良を加えられながら、着実に応用を広げています。経済産業省は、報告書「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査)」の中で、ブロックチェーンの応用拡大が5段階で進むと見ています(図4)。第1段階は仮想通貨向け台帳として、第2段階はその他仮想的価値の管理、第3段階は取引の記録、第4段階は権利の記録、第5段階はスマートコントラクトなど将来発生する手続きや処理の記録へと広がるという見方です。

図4 ブロックチェーン上での記録・交換対象の拡張・汎用化

ブロックチェーンは、契約や取引といったビジネスの根幹を占める仕事に圧倒的な革新をもたらす可能性を秘めた技術です。このため、ブロックチェーンの可能性に気付いた企業・公共機関が、既にあらゆる業種で応用の検討を始めています。その中からいくつか紹介しましょう。

リクルートの子会社であるリクルートテクノロジーズは、転職支援業務の一部をブロックチェーン化する実証実験を行いました。「履歴書」「卒業証明書」などの個人データをブロックチェーンで管理し、転職時に活用するものです。ブロックチェーンによって、詐称がないことを保証し、利用者が指定した期間、対象企業に限り閲覧可能にします。個人情報を特定の私企業に渡すのではなく、自分自身で管理できるメリットが生まれます。一方、ソニー・グローバルエデュケーションは、教育分野での個人の学習到達度や学習活動記録などのデータをブロックチェーンで管理する取り組みを始めています。

各国の政府機関も、ブロックチェーンに大きな期待を寄せています。ドバイ政府は2020年までにすべての文書をブロックチェーンに置くことを目指し、エストニアはブロックチェーンを導入することで行政サービスの99%をオンラインで完結しています。英国政府は徴税、福祉、パスポート発行、土地登記などへのブロックチェーン技術の活用を真剣に検討しています。情報システムのコスト削減、組織の壁を超えた情報流通、さらには文書改ざんなど内部不正の防止をメリットとして挙げています。将来的には、国民1人ひとりの所得や企業の財務情報、銀行口座の情報も政府の情報システムが全て把握し、徴税や還付の自動化、社会保険の自動化、さらに人工知能を組み合わせて法制度や行政の自動執行が実現する可能性さえあります。

1つひとつの機器が自律して契約・取引に加わる

政府機関や企業を使う基幹システムでブロックチェーンによる業務の自動化が進むと、ネットを介してつながる家庭内や個人が利用する電子機器などでもブロックチェーンの利用が増えることでしょう。このコラムは「組込みの輪郭」ですから、組込みシステムでの先進的なブロックチェーンの応用の取り組みも紹介します。

IBMはサムスン電子と提携し、ブロックチェーンによるスマートコントラクトを活用した「W9000」と呼ぶ洗濯機を開発しました(図5)。洗剤の残量低下を検知すると、販売店に自動発注し、契約に則った支払いを実行、そして所有者に報告するところまでを自動的に行う機能を持っています。故障した場合にも、洗濯機が自動検知して、修理や保守部品を手配。さらには、同じような仕組みを搭載した他の家電とも情報をやり取りし、消費電力を最適化するための稼働調整もします。IoTによって、家電が使われている状況を見える化するだけでなく、家電自体が自律的に判断を下しながら処理を進める、一歩進んだスマートホームの環境の実現を目指していると言います。

図5 自律して消耗品管理や故障対応、他の家電との稼働調整を行う洗濯機

また、個人が所有する家や自動車、自転車、家電製品などを貸し借りするシェアリングも、より活発化することでしょう。ブロックチェーンは、お互いに信用できない当事者同士が契約する用途に特に向いています。このため、個人間でのシェアリングを支える仕組みとしてはうってつけです。クルマの所有権の所在や仕様の記録、保険の加入やそれに要するコスト分担などを自動化できる可能性があります。その他にも、個人が所有している宅配ボックスや充電用電源コンセントの貸出といったアイデアも出されています。

スマートホームへの応用も、シェアリングへの応用も、同じ手法が産業機器などにも使えます。実際、工場ラインの見える化にとどまっていた製造業企業でのIoT活用を、一歩進めるためにブロックチェーンを活用しようとする動きが出てきています。生産ラインやサプライチェーンの管理にブロックチェーンを導入することで、トレーサビリティや透明性の確保が可能になります。

ここまで紹介した事例や想定応用先は、ほんの一例です。ブロックチェーンはITシステムの活用法とビジネスのかたちを大きく変えるとともに、組込みシステムにおいても重要な技術になることは確実でしょう。ブロックチェーンを活用して、どのような新しい価値を持ったシステムを開発できるか、一度考えてみてはいかがでしょうか。

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