組込みの輪郭

第10回 組込みブロックチェーンの衝撃(上)

2018.03

ブロックチェーンという数年前には名前すら聞かなかった技術が、メディアの記事や専門書の中で頻繁に扱われるようになりました。主に、ビットコインなど仮想通貨(暗号通貨と呼ばれることもあります)の基盤技術として、登場しています。ブロックチェーンは、その謎めいた出自と分かりにくい仕組み、さらにはその応用である仮想通貨の乱高下やサイバー攻撃による流出事件から、怪しい技術であるかのように考える人が多くいます。しかし、この認識は完全に間違いです。

それどころか、人工知能(AI)やIoTと並ぶ、これからの社会や生活に極めて大きなインパクトを及ぼす最重要技術の1つだと言えます。その波及効果は、組込みシステムにも及びます。様々な技術発表や文献で語られていることを総括すると、近い将来、多くの組込みシステムが大きく7つの要素を組み合わせて作られるようになることが分かってきました(図1)。

図1 これからの組込みシステムを構成する7つの要素とブロックチェーンの位置付け

ブロックチェーンは、スーパー組込みエンジニアの必須科目に

7つの要素のうちの1つ目は、従来プロセッサーとメモリーを組み合わせたハード上で、プログラムに記した手順通りにシステムを動かす「レガシーな組込みシステム」です。組込みシステムは、人が望む仕事を機械にさせたくて作るのですから、人が教えた通りに動くこの部分はなくなりません。2つ目は、データを学んで機能や性能が進化する「AI」です。レガシーな組込みシステムとAIは、様々な処理の中核を担うことになるでしょう。

その周りには、5つの付加機能が付くことになりそうです。これらは必要に応じて付加するようなオプション機能ではなく、ほぼ必須の機能になると思います。2つの中核機能に続く3つ目の要素は、ネットに接続するための「通信」、4つ目はデータを収集するための「センサー」、5つ目は情報の出力や活用に用いる機器を駆動する「ドライバー」、6つ目はシステムを悪意ある攻撃から守る「セキュリティー」です。

そして、「ブロックチェーン」は7つ目の要素になるでしょう。組込みシステム開発におけるブロックチェーンの応用開発は、すなわち新たなビジネスモデルを創出することだと言えます。高度なITスキルを駆使して新たなビジネスの提案にまで踏み込むシステム・エンジニアを「スーパーSE」などと呼ぶ場合があります。近い将来、ブロックチェーンを活用した組込みシステムを基に新ビジネスを提案する「スーパー組込みシステム・エンジニア」が登場するのではとみています。前置きが長くなりましたが、組込みシステムにブロックチェーンを応用することで開く新たな可能性を、今回と次回の2回に分けて解説したいと思います。

信用を保証するのに、政府の力も偉い人の口添えもいらない

契約、取引といったビジネスに欠かせない行為を伴う様々な用途で、ブロックチェーンを応用する動きが広がっています。検討されている用途の中には、社会システムや政府、企業のあり方を一変させるほどの大胆な新ビジネスにつながるものもあります。しかし、ブロックチェーンという技術は極めて複雑で、仕組みと効果が分かりにくいため、そのインパクトに気付いて傾倒している人はそれほど多くいません。しかし、この状況は、1990年代前半のインターネットが知る人ぞ知る技術だったころの雰囲気と酷似しているように感じます。そこでまず、ブロックチェーンの仕組みと特徴について、エッセンスの部分だけをかみ砕いて説明したいと思います。最近は、ブロックチェーンに関する詳細な解説書が数多く出回っているので、さらに深く知りたい方はそれらで補っていただければと思います。

ブロックチェーンは、Satoshi Nakamoto と名乗る正体不明の人物が書いた「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」と題した1本の論文の中で初めて提唱されました(図2)。登場からして謎めいています。しかも仮想通貨であるビットコインを実現するための手段が、ブロックチェーンだったのです。Nakamoto氏は、(1)第三者機関を必要としない直接取引の実現、(2)非可逆的(元に戻すことができない)な取引の実現、(3)少額取引における信用コストの削減、(4)手数料の低コスト化、(5)二重支払の防止といった特徴を持った仮想通貨に付与するために、この技術を編み出しました。

図2 Satoshi Nakamoto 氏が書いた「Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System」

仮想通貨には、従来の通貨とは大きく異なる特徴があります。正当性を裏付ける役割を担う人や金融機関、政府、権威などと信用がある第三者がいなくても安全な取引ができる点です。正当性は、ITシステムの仕組みと、取引に参加する人が保証します。

例えば、日本で流通している1万円札は世界有数の印刷技術を駆使した工芸品と言えるほど精緻な紙幣です。しかし、その製造原価は約20円にすぎません。そんな低コストの紙切れが1万円の価値を持つと誰もが納得する理由は、発行元である日本銀行という権威ある機関が、「この紙切れには1万円の価値がある」と保証しているからです。私たちは日本銀行を信頼して、1万円札を使っているのです。クレジットカードも従来の電子マネーも、基本的には同様に第三者の与信を得て貨幣代わりに使えています。

これに対しブロックチェーンを基にした仮想通貨では、日本銀行のような存在は不要になります。信用は、ITシステムを介した取引に参加する全員の合意で生み出す、というのがブロックチェーンの基本理念です。これは、政治体制が君主制から一足飛びに直接民主制へと飛躍したのと同等のパラダイムシフトであり、経済史上に特筆できる大事件と言えるものです。

信用を基にやり取りしているのは、貨幣だけではない

現代社会には、人や法人、政府機関などの権威や信用を基にして行う取引や契約がたくさんあります。例えば、土地の所有権や特許権を主張できるのは、政府が定めた法とそれを確実に順守する行政機関があるからです。携帯電話のキャリアと契約して、消費者が安心してサービスを受けられるのは、政府が定めた商法を各キャリアが遵守すると信用しているからです。

これに対し、ブロックチェーンを使った取引や契約では、その正当性を保証するために、中央銀行も、法も、機関も、権威や信用のある法人も原理的に不要です。ブロックチェーンの理念を具体化したITシステムとそこに参加する人さえいればよいのです。しかも、取引や契約の対象は、必ずしも貨幣に限りません。データや情報、権利、サービスなど、ありとあらゆる価値ある物事が対象になり得ます。こうした特徴を知るだけで、ブロックチェーンの応用には思いのほか広がりがあり、現代社会の仕組みを根こそぎひっくり返す可能性を秘めた抜き差しならない技術であることが、ビシビシと感じられます。

ブロックチェーンの仕組みと特徴

ここからは、ブロックチェーンという技術の特徴を知るため、ビットコインに使われている技術を中心に、その仕組みのさわりを解説したいと思います。

ビットコインでは、10分の間に世界中で起きた取引記録を、ネットワークの参加者全員が共有する取引台帳に記録し、管理しています。10分間の全取引記録を「ブロック」と呼び、刻々と出来上がるブロックを鎖のようにつないで並べたものを「ブロックチェーン」と呼ぶのです。各ブロックの間には、つながりの順番を間違えないようにするためのデジタル割印(ハッシュチェーンと呼ぶ手法)を押していきます。こうすることで、後から過去にさかのぼって、勝手に取引記録を改ざんできないようにしているのです。

ブロックチェーンでは、白日の下にさらされた取引台帳を取引に参加者する人全員で見守っているのですから、権威や信用を持つ第三者がいなくても不正を見逃すことはありません(図3)。これまでの取引に不可欠だった第三者は、時に不都合な存在でもありました。コスト要因や処理を遅らせる要因になったり、さらには与信がブラックボックス化しがちであることから不正の温床になったりする可能性があるからです。ブロックチェーンを基にした取引では、こうした欠点が解消します。

図3 ブロックチェーンの仕組み 出典:経済産業省発行「平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に係る基盤整備(ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査)報告書」

ブロックチェーンを構成する3つの要素技術

ブロックチェーンは、「P2P(Peer to Peer)型ネットワーク技術」「暗号技術(ハッシュ関数、公開鍵暗号、電子署名)」「合意形成の仕組み」という3つの要素技術を組み合わせて作り出した複合技術です。1つひとつは既存技術なのですが、それらの相乗効果で「不正できない」「システムが止まらない」「安価に構築・運用できる」といった特徴を持つ分散型デジタル台帳を作成可能にしました。それぞれの技術は、深く勉強すると結構面白いのですが、冗長になるのでここでは詳細には触れません。これら要素技術が、ブロックチェーンのどのような特徴を生み出しているのかに注目して、解説したいと思います。

まずは、P2P型ネットワーク技術です。一般的なクライアント/サーバ?型のネットワークでは、サーバーがデータの保持・提供の役割を担います。これに対してP2P型ネットワークでは、ノード(ピアと呼ぶ場合もあります)と呼ぶネットワーク上の機器やシステムそれぞれでデータを保持し、他ノードにデータを提供します。データの保持・提供の要となるサーバーがないことで、一部のノードがサイバー攻撃を受けてダウンしたとしても、取引や契約の処理はストップしないメリットを生み出しています。これは、交換器を使った過去の電話網に対するインターネットのメリットと全く同じ論理です。

暗号技術は、改ざんなどの不正行為を防ぐ、安全な取引には不可欠なものです。先に挙げた割印の検証のほか、新しいブロックチェーンの生成、取引データ生成者の本人証明などに関わるデータが、暗号化の対象になります。大量の情報を記した取引台帳を対象にして、P2P型ネットワーク上の各ノードで暗号技術に関わる複雑な処理を実行するには、各ノードに相応の計算能力を用意しておく必要が出てきます。これは、確実にコスト上昇要因になります。ブロックチェーンのメリットを生かして、活発な取引を行うためには何らかの対策が必要です。その対策は、次に説明する合意形成の仕組みの中に盛り込まれています。

不正を働くより、正式に参加した方が儲かる

合意形成の仕組みは、正しい取引が行われたことを参加者の間で合意し、新しいブロックとして記録する時の認証に使われます。ビットコインでは、合意に悪意ある人の介入や改ざんが入り込まないようにするため、この部分に「Proof of Work(PoW)」と呼ぶ巧妙な方法を使っています。

PoWでは、合意形成に必要な手続きの一環として、参加者全員に必要以上に手間が掛かる作業をあえて課しています。ただし、ただ重労働を課すだけでは、参加者は無駄骨を折ることになってしまいます。そこで、作業自体に報酬を出しています。ビットコインでは、課す作業として単純計算の繰り返しの速さで競う宝探しゲームを用意し、最も早く宝を探した人に賞金を出すことにしています。この宝探しのことを「発掘(マイニング)」と呼んでいます。

こうしたマイニングによって得られる報酬は、暗号技術に関連した処理を行うためにコストを費やすインセンティブになっています。ブロックチェーンの仕組みを積極的に支えると、儲かるようなシステム上の仕組みを作ったのです。この方法の巧妙な点は、不正を企む人がいたとしても、取引台帳を改ざんするより正式にマイニングに参加した方がずっと儲かることです。研究者の試算では、不正な取引を成立させるためには、ネットワーク中の全ノードの総計算能力の過半を占める必要があります。これだけの計算能力があれば楽々とマイニング競争を勝ち抜くことができます。

ちなみに、PoW以外にも様々な合意形成の仕組みがいくつかあります。こうした別手法も、ビットコイン以外の仮想通貨に採用されています。3つの要素技術を同じ目的の別の手法に代替することで、効果や応用適性が異なる多様なブロックチェーンが出来上がります。

ブロックチェーンであらゆる機器が独立した事業者になる

ブロックチェーンを活用すれば、権威や信頼を持つ第三者の介在を待つことなく、ITシステムだけで取引や契約を自動的に進めることができるようになります。これは、機器やシステムに信頼性と安全性の高い自動取引機能や自動契約機能を組み込むことができることを意味します。この特徴を生かせば、組込みシステム、特にIoTに関連した機器の役割を大きく変えることができるようになります。

取引や契約は、あらゆるビジネスの最も中核的な部分を占める行為です。組込みシステム中にそれを自律的に実行可能な機能を組み込むと、1台の機器をあたかも独立採算の法人であるかのように扱うことができるようになります。

例えば、IoTの代表的応用例として、スマート工場があります。ライン上にある製造装置に稼働状況を知るためのセンサーを取り付け、収集したデータをサーバーに蓄積して解析し、最適な制御法の導出や予知保全に活用しようというものです。ただし、これは典型的なクライアント/サーバー・システムだと言えます(図4)。センサーからの情報を解析することによって得られる価値ある知見は、すべてサーバー上で抽出します。

図4 IoTネットワークの構造の進化

閉じた独自ネットワークでつながれていた機器(左)は、インターネットを介してつなぐことでオープンなネットワークになった(中)。しかし、サービスを管理するサーバーが必要な点は変わらなかった。ブロックチェーンを活用することで、接続する機器を自由に選んで組み合わせ、独自サービスを自在に構成できる可能性がある。
出典:IBM

この状態は、サーバー上のアプリケーションでサービスを提供する企業が定めた技術仕様に沿って、クライアント側の機器でデータ収集することを前提にしています。つまり、サーバーを押さえるサービス事業者の傘の下に、IoT機器を開発・販売する企業がぶら下がっているビジネス構造になっているのです。そこに別のサービス事業者の技術仕様に沿ったIoT機器を組み入れることは、簡単ではありません。例えば、AmazonやGoogleなどがスマートスピーカーを販売し、照明やドアの鍵などを操作できるようになりました。しかし、自社の機器を操作対象にするためには、それぞれのサービス事業者(Amazonなど)と何らかの契約や取引を済ませ、互換性を確保する必要があるのです。

ここにブロックチェーンを応用すると何が起きるでしょうか。個々の機器が自立した事業主のように振る舞うことができれば、多様な企業のデバイスを自由に組み合わせて、サービスを構築できるようになります。全体のサービスを設計し、サービスプラットフォームを用意する事業者は不要です。ユーザーがそれぞれの機器と契約を結び、操作できるようになります。逆にIoT機器を提供するメーカーから見れば、収集したデータを販売して利益を上げるようなビジネスモデルを採ることができるかも知れません。

既に多くの企業が、IoT関連の組込みシステムでブロックチェーンを活用する取り組みを始めています。例えば、IBMは「Device Democracy」と呼ぶ、IoTでブロックチェーンを活用することを想定した新たなシステム構築のコンセプトを発表しました。そして、それに対応する「ADEPT(Autonomous Decentralized Peer-to-Peer Telemetry(自律分散型P2P遠隔通信プロセス))」と呼ぶ技術の概念実証を進めています。しかし、これも組込みシステムでのブロックチェーン活用の動きの一端にすぎません。次回は、組込みシステムにブロックチェーンを応用する具体的な動きをいくつか紹介したいと思います。

第11回 組込みブロックチェーンの衝撃(下)に続く

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