組込みの輪郭

第4回 電子産業の紅白歌合戦、CEATECで垣間見えた未来

2016.10

日本の電子産業を代表する展示会、CEATEC JAPANが、2016年10月4日から7日にかけて幕張メッセで開催されました(図1)。

CEATECは今年から、従来の最先端IT・エレクトロニクス総合展から、CPS/IoTの専門展示会へと、大きくモデルチェンジしました。

ここ十数年間は、最新の薄型テレビやDVDレコーダーなどデジタル家電機器やカーナビゲーション・システム、携帯電話機が最初にお披露目される、民生機器の将来を占う場として親しまれてきました。それが今年、扱う内容をガラリと変えたため、開催前から賛否両論が噴出した中での開催でした。

また、例年の会期最終日は、一般消費者が足を運びやすい週末を含んでいたのですが、今年から金曜日が最終日になりました。これによって、ビジネス向けの展示会であることを、強く印象付けました。

図1 CEATEC JAPAN 2016の様子

CEATECは日本の電子産業を映す鏡

実は、CEATECという展示会は、日本の電子産業最大のお祭りであり続けることを重視し、時代ごとの産業の状態を反映して、幾度となく名称と扱う内容を変えてきました。この辺りは、高視聴率が宿命付けられた唯一無二のテレビ番組、紅白歌合戦と事情が似ているように思えます。

今回のモデルチェンジは、日本の電子産業のど真ん中に、CPS/IoTが据えられたということを意味します。CEATECは、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)など電子産業の関連3団体が主催し、経済産業省など日本の数々のお役所が後援して綿密に練られたうえで開催される展示会です。このため、少なくとも日本では、パソコンでも、デジタル家電でも、スマートフォンでもなく、「今後はCPS/IoTに関連した製品とサービスで食べていく」と宣言したと言えます。

ところで、IoTはよく聞く言葉なのですが、CPSって何なのでしょうか。

CPSとは、Cyber Physical Systemの略語で、仮想空間と現実世界の間に位置するICTシステムであり、現実世界から吸い上げたデータを仮想空間で加工して、現実世界で便利な機能として使おうというものです。本連載の第1回で、今世界中の企業が血眼になって「あらゆる場所に置かれたモノから情報を吸い上げ、これをインターネット経由でデータセンターに集めてビッグデータにまとめ、これを人工知能で傾向を整理・分析して、人々の生活や社会活動をよりよいものにするために活用する」新しい情報システムを目指していることを紹介しました。CPSとは、まさにこの新しい情報システムのことを指します。

ことさらCPSなどという新しい言葉を使っているのは、「Industry4.0」や「Industrial Internet」といった海外で一世風靡している同種の言葉に対抗するため、日本のスローガンとして打ち出したいと日本政府が考えたことに起因します。

機器とサービスは「寄り添う」能力を競う

話しを今年のCEATECに戻しましょう。将来のテレビやスマートフォンの登場を期待して来場した人にはがっかりの内容だったと思います。しかし、新しいビジネスの息吹を感じたい人にとっては、かなり見所が多かったのではないでしょうか。私は、とてもわくわくしました。CEATEC会場の様子とそこで感じたことを、2つのキーワード「寄り添う」「異業種共創」でまとめて、紹介したいと思います。

私は、展示会場での各社ブースでのプレゼンテーションをたくさん聞きました。すると、いずれにも「寄り添う」「おもてなし」「気遣う」という言葉が頻繁に登場することに気づきました。それらの言葉は、おしなべて「多様な価値観を持ったユーザーそれぞれが今したいことを、システム側が自動的に推し量って、最適な機能やサービスを提供する」という文脈の中で使われていました。ユーザーがやりたいことを察知するためにIoTを、「寄り添う」ための適切な判断をするためにビッグデータ解析や人工知能を使うという筋書きでした。当てはまる代表的な展示例を挙げましょう。

パナソニックやシャープは、さまざまなセンサーを家中に配置し、住人の行動や状態を常時モニタリングして、日々の生活の中で「寄り添う」サービスを提供するスマートホームシステムを展示していました(図2)。キッチンでは「最近、肉料理が続いたので、冷蔵庫にある野菜を使った、このような料理はいかがでしょうか」とメニューを提案したり、外出時には「外出先の降水確率が70%ですから、折りたたみ傘を持って行ってくださいね」と声掛けするといったものです。

図2 スマートホームシステムをアピールしたパナソニックブース

また、クラリオンではドライバーの健康状態や行動を察知し、眠気が襲っている様子や注意力が散漫になっている様子を察知して、適宜注意喚起する未来のクルマのスマートコクピットを展示していました(図3)。同様の提案は、多くの自動車メーカーや電装メーカー、センサーメーカーが展示していました。ここ数年、CEATECには自動車業界から多くの企業が出展していますが、スマートコクピットは各社が一貫して技術の進化をアピールするポイントになっています。完全自動運転車が完成すれば、クルマとドライバ?をつなぐコクピットの意味は薄れてくるかもしれませんが、技術の過渡期では自動運転中でもドライバ?に注意喚起できるようにする機能が、とても重要になることでしょう。

図3 スマートコックピットのコンセプトを打ち出したクラリオンのブース

また、セコムは、胎児の状態を常にモニタリングするセンサーを妊婦さんのお腹に巻き、異常を検知したら医療機関の受け入れ体制を直ちに整えるサービスなど提案していました(図4)。その他にも、「寄り添う」相手として高齢者や子供を想定したサービスの提案。人間だけではなく、ペットだったり、製造装置だったり、道路や橋だったり、畑だったり、「寄り添う」対象を拡大して状態をリアルタイムモニタリングする提案などが数多く披露されていました。これらはみな、根底のコンセプトは共通していると言えます。

図4 セコムが提案する胎児に寄り添うサービス

みんなが同じものを欲しがる時代は去りつつある

なぜ今、「寄り添う」システムの開発が加速しているのでしょうか。センサーや人工知能の進歩も一因だと思いますが、消費者側の価値観が多様化したことも見逃せない要因であるように思えます。

CEATECの前身である「エレクトロニクスショー」が始まった1963年は、日本国民のほとんどすべてが三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)を手に入れることを望んでいた時代でした。消費者が、みんなで同じ夢を見ていたのです。このため、少品種大量生産によって夢の製品を安く提供することが望まれていたし、実際にできたのです。

ところが今は、社会が成熟し、消費者の価値観が多様化しました。みんなが共通して欲しがる製品は一通り手に入り、消費者それぞれの事情や状況を映した、それぞれ異なるニーズを持つようになったのです。こうした社会の成熟による価値観の多様化は、人の一生の間での価値観の変化になぞえると理解しやすいと思います。子供の時に描く将来の夢は、「野球選手になりたい」「宇宙飛行士になりたい」「ケーキ屋さんになりたい」と、それほど多くのバリエーションはありません。これが、歳を重ねるにつれて、それぞれの夢は千差万別になってゆきます。これは、社会的立場、体調、経済状態、経験など、個人が抱えている事情や取り巻く環境に大きな差が生じるからです。

多様なユーザーの体験を設計する

社会自体が成熟して消費者の夢が多様化し、画一的な機器やサービスでは通用しなくなりました。だからこそ一人ひとりの望みに「寄り添う」システムが求められるようになったのだと思います。機能がプログラマブルな機器や、タイムリーな機能を柔軟に提供できるクラウドサービスは、こうした消費者ごとのニーズに応えるためのカスタマイズをするうえで、今後ますます重要性が高まることでしょう。

また、「寄り添う」システムを開発する上では、優れたユーザーインタフェース以上に、優れたユーザー体験を追求することが重要になりそうです。「寄り添う」システムでは、ユーザーが意識して操作することを前提としていないからです。無意識のユーザーとシステムと結び、感動する体験を提供すること。システム開発で目指すゴールは、このような価値の提供になりそうです。

家電製品ではソニー、IT機器ではアップルなど、優れたユーザー体験の設計に長けた企業が既にいくつかあります。ただし、今のところ少品種大量生産する機器やシステムでユーザー体験を作り込んでいます。これからは、IoTや人工知能を駆使して、一人ひとり違ったニーズに合わせたユーザー体験をいかにして提供するかを競うことになるでしょう。今回のCEATECでの各社の展示には、こうしたコンセプトの新しいシステムが萌芽している姿が見えました。

出展社を見れば、企業総覧の様相

では、どうすれば一人ひとりが感動するような体験を設計することができるのでしょうか。それにかかわるキーワードが「異業種共創」です。

今回のCEATECには、電子産業の枠にとどまらず、極めて雑多な業界から出展社が集まりました。特に多彩だったのは「IoTタウン」と名付けられた展示ゾーンで、三菱東京UFJ銀行、セコム、JTB、タカラトミー、楽天などと、異業種のオンパレードでした(図5)。その他のゾーンも、トヨタ自動車、パナソニック、富士通、レノボ、ドローンで有名なDJI、村田製作所などなど、なかなかの雑多ぶりです。出展社リストだけを見れば、何の展示会なのか全く見当もつきません。

図5 IoTタウンに出展した電子業界以外からの出展企業

一見場違いに思える出展社に、「なぜCEATECに出展したのか」と聞くと、口をそろえて「パートナーを探しています」と答えていました。そうなのです。今や、企業の強みは、いかに自社で保有する技術やサービスが優れているかではなく、いかに多様で優良なパートナーと仕事をしているかで決まる時代に入っているのです(図6)。いわゆるオープン・イノベーションと呼ばれる、自社以外の知見や技術を集めて革新的な製品やサービスを生み出そうとする動きです。CEATECでの各社の展示ブースでは、競うように、協業しているパートナー企業のロゴを目立つ場所に掲示していました。

図6 パートナー企業の数が競争力に

これは、消費者に「寄り添う」システムを生み出すには、消費者に近いところで仕事をしている企業と、ITや電子技術の深い知見を持った企業が、ガッチリとスクラムを組んで当たる必要があるからです。米国では、グーグルやアマゾンのように、最初から異業種の機能を融合したような企業がありますが、日本ではそれぞれの分野で実績のある企業がお互いにパートナーとなってシステムを開発する必要があります。

販売促進の場から、パートナー集めの場へ

最近、展示会の位置づけが大きく変わってきています。サプライヤーとユーザーという関係を結ぶ場ではなく、対等な立場でパートナーとしての関係を結ぶ場になっているのです。このため、展示する内容も、売りたい商品の紹介ではなく、試作品やコンセプト展示を中心とした未完成品が目立ちます。未完成品を披露して、「この指とまれ」とばかりに事業化に参加するパートナーを広く募っているのです。いかに異業種の人たちを呼び込むかが、各社の展示ブースの競いどころになっています。

組込みシステムなどを開発するエンジニアは、これからは積極的に異業種が集まる展示会に出向いて、接点を増やすことが重要になることでしょう。意外性のある組み合わせの化学反応で、新しい価値を持ったシステムを生み出すことが求められています。

日本のベンチャー、中小企業にとって百年に一度の好機

最期に、余談というか、実はこれが最も伝えたかったことを紹介します。あらゆる業界の大企業が、かつてないほど異業種のベンチャー企業や中小企業に向けて広く門戸を開いているように感じます。先に紹介した、大企業の出展社が誇らしげに掲げる異業種企業のロゴには、ベンチャー企業や中小企業のものが数多く含まれています。並みいる大企業が、異業種の小さな企業が持つ高い専門性の技術・知見・ノウハウに頼り切っているのです。

創業間もないマイクロソフトがパソコン業界の巨人となるきっかけを作ったのは、当時圧倒的な業界支配力を誇っていた大企業であるIBMです。パソコン市場への参入を考えたIBMは、既に成功していたアップルの存在を念頭に置いて短期開発を目指し、OSの自社開発をあきらめてマイクロソフトにOSの開発を委託したのが飛躍の発端です。今、日本政府がいうCPS、そしてIoTを舞台にして、なんだか状況が似ているように思えます。次世代の巨人が生まれる素地ができてきたのかもしれません。

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