組込みの輪郭

第6回 小口開発案件の集合市場、IoTの歩き方(下)

2017.03

前回では、IoT関連ビジネスの多くが小口開発案件であり、少品種大量生産を前提としたものづくりの王道が通用しにくいとお話しました。さらに、半導体メーカーや電子部品メーカーなど電子システムを構成する技術や部品のサプライヤーが、M&Aなど大胆な打ち手を講じて、IoT時代を見据えたビジネス構造の変革を急いでいることにも触れました。

今回は、サプライヤーの動きをもう少し詳しく解説した後、部品や技術の流通、及びそれを活用するための技術支援を担う企業の今後についてお話ししたいと思います。

サプライヤーが顧客との距離を縮め始めた

サプライヤーがM&Aを推し進める狙いは、IoT時代の情報戦を有利に進め、より事業価値の高いソリューションビジネスを展開することにあるのは、前回お話ししたとおりです。こうした変革の効果を際立たせるため、ユーザー企業との距離感を詰めるための方策を講じる半導体メーカーが登場してきています。サプライヤーとユーザーの間で情報を密にやり取りできれば、市場の動きに則したIoT関連システムを迅速に開発できるようになります。

こうした動きを見せるサプライヤーの代表例が、テキサス・インスツルメンツ(TI)です。同社は、2011年に産業分野でのパワーマネージメント技術に強みを持っていたナショナル セミコンダクターを65億米ドル(約6800億円)と今考えればお手頃価格で買収。そして、民生から産業まで多様な分野の顧客と、約10万種という豊富な品ぞろえを誇る巨大企業となりました。

同社では、ウェブを通じた、自社製品を組み合わせた特定用途向けソリューションの直販を強化しています。さらに、「TI Designs」と呼ぶ、応用ごとのリファレンス・デザインのライブラリを約1600種類用意。ユーザー企業の開発効率を向上できる技術情報を広く、濃く提供できる体制を整えました(図1)。TI Designsは、同社製品を中心にして、BOM、回路図、シミュレーションデータ、設計ガイドなど応用開発に必要な情報をパッケージ化したものです。設計データは動作検証済みであり、そのまま機器を作ることもできます。完成度の高い情報をできる限りたくさん公開することで、小口開発案件にも効率よく技術支援していくための仕掛けです。

図1 リファレンス・デザインのライブラリ、TI Designsのサイト画面

出典:TIのウェブサイト

技術商社化するサプライヤー

自社製品を直販し、技術支援をなるべく自社が担うことで、TIは大きく2つのメリットを得ました。1つは、ユーザーとの間にディストリビューターを介さないため、流通コストを削減できることです。もうひとつは、顧客との距離が縮まり、IoT関連市場でのマーケティング精度が高まることです。グーグルがウェブの閲覧履歴を通じて顧客の嗜好を分析できるように、潜在顧客の興味やニーズをかなり正確に把握できるようになったのです。優秀な営業マンが、常時、潜在顧客の要望に耳を傾けているようなものです。IoT関連市場で求められるソリューションを先回りして用意するための有益な情報が得られることでしょう。

TIと同様の手法は、リニアテクノロジーを買収したアナログ・デバイセズ(ADI)など他社にも広がっています。アナログ半導体やセンサーなど電子部品を事業の中心に据えるサプライヤーで、特に多く見られる傾向があります。これは、業界標準のプロセッサーやメモリーは各ユーザーが横並びで同じものを使いがちで、開発するシステムのハード面での差異化要因をアナログ半導体に求めるユーザーが増えているからだと思われます。

さて、サプライヤーとユーザーの距離が縮まると、にわかに立場が危うくなる企業があります。ディストリビューターや技術商社、システムハウスなど、これまで両者の間に入ってビジネスをしていた企業です。これらの企業は、いかに広範かつ詳細な顧客情報とサプライヤー情報を保有しているかが、ビジネスの生命線です。それを頭越しに直接やり取りされてしまったのではたまりません。

横綱相撲を追求するメガディストリビューター

こうした状況下で、ディストリビューターや技術商社、システムハウスなどはどのような価値を提供し、存在価値を訴えていこうとしているのでしょうか。ここからは、こうした企業の具体的な動きを交えながら考えていきます。

まず注目したいのは、世界の半導体市場の中で、メガディストリビューターと呼ばれる流通に大きな影響力を持つ企業の動きです(図2)。具体的な企業名を挙げると、欧米を中心に年間約2.5兆円も売り上げる米国のアヴネットとアロー・エレクトロニクス、さらに中国市場で圧倒的な強みを持つ台湾WPGがそれに当たります。

図2 主要ディストリビューターの年間売上高

出典:IHSテクノロジー

メガディストリビューター各社が、流通市場を仕切る力を維持するために取っている手法は単純明快。半導体メーカーに負けないほど活発にM&Aや業務提携を繰り返して、事業規模を拡大しています(図3)。そして、売上規模がほとんどの半導体メーカーよりも大きい状態を維持し、さらに営業拠点数や顧客数もはるかに多いことを背景にしながら、自社に有利な商流を作り出します。

図3 ホームページ上でアヴネットが公開している吸収合併した企業のリスト

出典:アヴネットのウェブサイト

これは、家電量販店同士、スーパーマーケット同士、百貨店同士で合併を進めながら、市場を仕切る力の強化と経営合理化を進める日本の小売流通業界の動きに似ています。ただし、メガディストリビューターのM&Aでは、顧客の要求に柔軟に対応する体制を整えるために規模を追求している点が少し異なります。メガディストリビューターにとって、EMSやODMのように大量の半導体を消費する顧客の要求に応えることは極めて重要です。そしてこうした顧客は、市場の動きに合わせて生産計画を頻繁に変更します。これに対応できる、柔軟で迅速な部品供給を可能にする世界規模のサプライチェーンをM&Aで構築しているのです。

ただし、こうしたメガディストリビューターの動きは、規模は大きくなっているものの、ビジネスの質が変わっているわけではありません。これから成長する小口開発案件の集合体であるIoT関連ビジネスでは、雑多なサプライチェーンが数多く生み出されることでしょう。流通市場の複雑化は必至で、その非効率さを規模と柔軟性でどのように吸収するかがメガディストリビューターの腕の見せどころです。

ビジネスの質の変化が求められている

では、比較的小規模な技術商社やシステムハウスは、これからどのような役割を担っていくことになるのでしょうか。近年、日本の技術商社もM&Aを推し進め、規模を追求するようになりました。例えば、2015年にはマクニカと富士エレクトロニクスは経営統合し、売上日本一の技術商社が誕生しました。ただし、メガディストリビューターは日本市場の攻略にも積極的であり、同じ土俵に乗ってしまうと、個人経営の小売店が大型量販店に飲み込まれるのと同じことが起こってしまいます。

多くの技術商社とシステムハウスは、ビジネスの質的な変革、しかもIoT時代の特性を生かした変革が求められていると言えます。近年、日本の技術商社が自社の経営戦略を語るとき、「深化」という言葉が好んで使われるようになりました。ビジネスの手を広げるのではなく、顧客との関係を深めていこうというのです。

技術商社のように、流通の仲介をする企業には、売り手の利益を第一に考える「セラーズ・エージェント」と買い手の利益を第一に考える「バイヤーズ・エージェント」の2つがあります。元々、日本の技術商社はサプライヤーの代理店、つまりセラーズ・エージェントとしての位置付けが強かったように思えます。これが今では、バイヤーズ・エージェント側へと舵を切り始めているように見えます。市場先導力と成長力がある顧客を、ガッチリとつかむことこそが、重要になってきているのです。

バイヤーズ・エージェントのフロンティア

ただし、顧客との関係性を深化させるという方向性は、顧客との距離を縮めつつあるIoT時代のサプライヤーの方向性と同じです。顧客の面前にある席を、サプライヤーと競うことになります。何の策もなく競えば、ちょっと分が悪そうです。しかし、IoT関連ビジネスの動きを見ると、技術商社やシステムハウスがビジネスをしていく余地は十分残っているように思えます。サプライヤーが、いかに完成度の高いソリューションやリファレンスモデルを提供したとしても、そのままでは応用システムを開発・生産できない顧客をきっちりと拾っていけばよいからです。

そんな素人みたいなユーザーがいるのかと思う人がいるかも知れません。しかし、そんな素人がたくさん出てくるのがIoT関連ビジネスなのです。機械、医療、エネルギー、建設、農業など、それぞれの専門分野では尖った技術を持っているものの、電子システムの技術は持っていない企業がIoT関連機器を開発する必要性に駆られています。

あのトヨタ自動車でさえ、突然対応が迫られた自動運転車の開発では、自社や系列企業の技術では足りず、シリコンバレーの知恵を借りざるをえない時代なのです。電子業界の仕組みと技術を熟知した技術商社やシステムハウスの力を欲する有力企業は数多くあると思います。新規顧客、しかも接した経験がない業界の顧客の開拓は、苦労が多く、決して効率がよい作業とは言えないことでしょう。しかし、今はそこに踏み出す勇気が問われているのだと思います。

現場を熟知し、かゆいところに手を届かせる

では、IoT関連でビジネスをしようとしている顧客を開拓し、関係を深めるために、電子技術を持つ技術商社やシステムハウスはどのような価値を訴えたらよいのでしょうか。その答えは、誰もが認めるIoT時代の先駆者、ゼネラル・エレクトリック(GE)から学ぶことができます。

GEは、航空機のエンジンなどを供給し、そのメンテナンスも請け負っています。こうした事業でIoTを効果的に活用し、他社の追随を許さない付加価値と競争力の高いビジネスを展開しています。同社のエンジンの各所には、タービンの羽1枚1枚にまでセンサーが取り付けられています。そして、飛行中にも、それぞれをモニタリングし、取得したデータを常時解析することで故障の発生を事前に察知し、部品交換を済ませ、運休期間を最小限に抑えます。「予知保全」と呼ぶこうした技術は、鉄道、工場や発電所などの設備にも適用しています。そして今では、同社製品以外にも予知保全システムの応用を展開し、巨大なIoTビジネスに発展しています。

同社ビジネスの強さの源泉は、現場を熟知したうえで構築されるIoTシステムにあります。例えば、鉄道に適用する場合には、列車の故障の予兆を知るために取得すべきデータに関する知見、列車から必要なデータを確実に取得しデータセンターに送り届ける技術が同社独自のノウハウになります。激しい振動や大きな寒暖差での温度変化、しかも高速走行中でのデータ転送、セキュリティ技術など、IoTを応用する現場に応じた、かゆいところに手が届く提案ができるところがポイントです。

IoT関連ビジネスでの新規顧客は、電子技術に詳しいだけの企業に支援を仰ぐことはないでしょう。現場を熟知することを強さの原点に置くGEのビジネス手法は、技術商社やシステムハウスも大いに学ぶべきことがあるように思えます。

図4 IoTを駆使するGEの予知保全システムのイメージ

出典:GEのウェブサイト

ネット通販からIoT関連ビジネスの未来を探る

最後に、小口開発案件の集合市場であるIoT関連ビジネスの未来の姿を少し考えてみましょう。既に、小口案件の積み重ねで、巨大なビジネスを営むことに成功した業界があります。アマゾンや楽天などのネット通販の分野です。ここには、IoT関連ビジネスのこれからが垣間見えます。

例えば、楽天は約2億点の商品を扱っており、年間の売り上げが30万円に満たない雑多な商品の売り上げの総計が、全体の80%?90%を占めているといいます(図5)。まさに小口商売の集合体、ロングテールビジネスの典型です。ところが、従来の小売業の方法では非効率すぎて手出しできないビジネスで収益が上がる体制を整えることに成功したため、百貨店や量販店を凌駕する業績を上げることができました。個人経営の小売店を規模で圧倒したはずの大型店が、一転して小規模店舗の集合体に追い詰められた構図は、示唆に富んでいると思います。

図5 ネット通販各社の市場となるロングテール

IoT関連の部品流通においても、ディジキーやマウザー・エレクトロニクスなど、ネットディストリビューターが急激に伸び、ネットを活用して小口の商売に効率よく対応する動きが顕在化しています。そして、応用システムの開発段階で、必要な部品を1個単位で迅速に供給したり、圧倒的な技術情報を提供したりすることで、機器やシステムの開発者の心をガッチリつかんでいます。技術商社やシステムハウスの役割を取り込みつつあるようにも見えます。

一般消費者を相手にするネット通販の成功の鍵は、膨大な商品情報をネット上で効果的に見せる仕組みと、大きな倉庫から効率的に商品を届ける物流体制にありました。さらに、もうひとつ重要な要素があります。消費者一人ひとりの嗜好やニーズに合わせて、適切な商品を提案できる仕組みです。ただし、年間30万円に満たない星の数ほどの商品の販売に、腕利きの販売員や高給取りのマーケティングの専門家を割くことはできません。そこで利用しているのが、人工知能です。実際、アマゾンも楽天も、人工知能の技術開発とその利用を精力的に推し進めています。

これに類した動きは、IoT関連機器の開発でも顕在化してくることでしょう。サプライヤー、技術商社、システムハウスなどの中で、きめ細かい顧客管理や技術支援を自動化できた企業が、最終的にはIoT関連ビジネスを制することになるかもしれません。

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